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学級の風景。
2010 / 10 / 28 ( Thu ) ストレスがかかると兎に角、その理由を書き出して整理せずにはおけない。
対生徒暴力は絶対にいけない。 しかし、生徒対生徒の暴力こそ絶対に是認してはいけない。 二三回の殴打のあと感覚が麻痺した気がした。 ばらして考えると きっと、自分が前にでることを避けた故に何もしなかった。 そんな己に戦慄した。 嫌悪する。あってはならぬ光景だ。 教員は 悪行を為すものを悪として働いてはいけない。つまり 悪行をなすものを悪としてみてはいけない。 なぜなら、悪行を行うものに悪性があるのではなく、悪行それ自体のみが悪性であると 考えねばならぬからだ。これは哲学などではなく最前線の必需な感覚だ。 確かなこと。 親のしつけだけではだめであること。 社会的な一員という場での圧しとどめることが必要であるということ。 即ち学校という場における生徒ひとりひとりの役割の中で、 シャカイに締めつけられる部分が必要であること。 人心掌握のできないものは小学校教員には向かない。 そして 教えたい、育てたい なんて傲慢な動機だとは思わないかね?と 常に喉に突き立てて教壇に立たねばなるまい。 腹が立ったのでコーヒーを飲んだ。 煮えくり返るほど本気になれる仕事を目指してよかったじゃないかという もう一人を仮想をした。 それに対して腹が立つという己がいて分裂気味だ。 かくもおろかで単純だ。 PR |
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