忍者ブログ
[PR]
2025 / 04 / 05 ( Sat )
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

03:21:49 | | page top↑
酷眼は燃ゆる
2007 / 09 / 05 ( Wed )


所詮は場でしかないもの

その顔を

なんでやっている?

わかっているのになぜ?

限界も事実も昔も知っているのになぜ?

多くの昔と
少しの先と
たくさんの今を知っているのは
ほかにいないだろう。


そこいる「年寄り」を殺したくなるのは勝てないから?

邪魔をするから?

相手の単なる自己実現と自己満足の影がみえるから?

それは自分も同じじゃないの?

もしかしたら今は理解できない崇高なものかもよ?

それにしてもやり方がある

発言の仕方からしてあれは前者

・・・

どう潰す?

なんでそんなに躍起になっているの?

それを守るため?

それを守るって固執?

所有観念?

それって向こうにかなりあるよね

もうあれの時代ではない。

それは通説

でも俗説的にみるとそうみえる。

お前はなんでそこにいこじになる?

好きだから?
先を追い越したいから?
野心だけ?
プライド?

バカにされると傷つくのは自分をはめている証拠

上からみられると叩き落したくなるのは感情がシンクロしている証拠

なぜ?


覚悟はどこに置き忘れた?

澄んだ空間はどこになくした?








その場はお前ではない

その場を産み作り出すのはお前

…ぷろでゅーすってなんだ

アレは野豚か

まぁ近しいな

うみだすんだったらその場にはお前の感情が入るんじゃないのか

そうかもしれない・・・

限界と終わりはみなければならない

そのためにこの眼がある

ミエルカ?

限界と終わりを見つめながら

この場を味わうことをしなければならない

結局アレだ

チケット売り場で野球をみたいといっているのと同じだ

私は野球を売っているのではなくてチケットを売っているのだ

野球の崇高さを剣にチケットの紙切れ具合を罵倒されても

私はチケットを売ることのみが私にできる限界に思える。

さて

チケット売り場で野球をはじめようとする年寄りを

私はいかに

他の客と売り子の身を案じるか




『耐えねばならんのだよ』





PR

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

02:59:25 | 航海日誌 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
<<怒髪衝天 | ホーム | 眼の下のくま>>
コメント
コメントの投稿













トラックバック
トラックバックURL

前ページ| ホーム |次ページ